2015年9月24日木曜日

それでも神を信じるのか

★ 神は時に非情で無慈悲

巡礼者集中、折り重なり453人死亡 メッカ郊外の聖地:朝日新聞デジタル なんていう記事を読んだ。 死を与えるのも神の御心だとすると、この人たちは何故に死なねばならなかったのだろうか。 昔はニュースなどと言うものをそれほど見聞きすることはなかった。それ故、人の死は身近なものに起こる事象で、遠くの見ず知らずの人びとの生死は関心も無かったし、そもそも知る由もなかった。身近な人であれば、その死に対して意味づけは可能だろう。不幸な事故だったり病気で亡くなったりしたとしても、なにかしら“言い訳”や“こじつけ”は可能だ。だからこそ、宗教は、神はその無慈悲な本性を知られずに済んでいた。でも、世界中で起きている悲惨な出来事を日々目にするようになった現代、そろそろ神の本性も見えてきてしまったのではないか。そして、神の存在を信じる理由もなくなってきた。

★ 神をいかに擁護するのか

そんな状況になっても神を信じる人びとは山のようにいる。宗教者も一杯で、未だに説教をしている。彼らはこの状況をどのように説明しているのだろうか。そろそろ無理を感じてきてはいないだろうか。その言い訳を聞いてみたい気がする。